格差は広がっているのか?

 まとめ

  • 日本では格差は広がっていない。資本の再分配によって格差が抑え込まれている。
  • 再分配の対象は貧しい高齢者。再分配維持のため、高所得者への圧迫が強まっている。
  • 一方国民の間では、高所得者に一層の課税を求める考えが支配的。
  • 上がらない所得から脱却しない限り、格差の拡大という幻から逃れられない。
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2022年1月4日の岸田首相の年頭会見でも新資本主義への提言がありました。資本の再配分からの格差解消は、現政権における大きなテーマの1つのようです。ところで、今の日本において格差はどのくらい大きく広がっているのでしょうか?格差を表す指数である「ジニ係数」について、日本の過去30年間の様子を眺めてみます。

ジニ係数の推移

日本におけるジニ係数の推移は、厚生労働省が白書の中で発表しています。

令和2年版 厚生労働白書より(123ページ)
  • 当初所得ジニ係数:国民の所得で計算したジニ係数。
  • 再分配所得ジニ係数:税金や社会保険料の控除など、国民の間で資本の再分配が行われた後のジニ係数。
  • 改善度:(当初所得ジニ係数-再分配所得ジニ係数)/当初所得ジニ係数
当初所得ジニ係数(ピンク色の棒グラフ)で見ると、格差は年々拡大しています。ですが、人々の生活感に即しているのは再分配所得ジニ係数(青の棒グラフ)です。なので、少なくとも2017年度までにおいては、社会全体の格差は横ばいで、2005年以降はむしろ微減しています。

ただ、これは所得の再分配が行われた結果であり、再分配の主な供給源である高所得者の負担が増大していることも読み取れます。再分配によってどの程度格差が解消されたのかを示すのが改善度(赤い折れ線グラフ)です。改善度は1999年までは微増ですが、2000年からは明らかにペースが上がっています。この20年間の傾向として、再分配のペースを上げることで、国民が実感できる格差指数である再分配所得ジニ係数を0.37程度に抑え込もうという政府の意図を感じます。再分配所得ジニ係数に基づいて話をする限り、日本で「格差が広がっている」とは言えないことがわかります。

誰が再分配を受けているのか

2022年1月3日の日経新聞社説「公平で機動力のある再配分制度を」によると、この再分配の恩恵を受けているのは主に高齢者だそうです。以下、記事の該当部分を引用します。
  • 再分配によるジニ係数の改善度を年齢別にみると、65歳以上が44~54%に上る一方、20~34歳の若年層は10%前後、35~59歳も20%前後にとどまっている。今の税や社会保障で救われているのは高齢者が中心で、若年層や子育て世代には恩恵があまり及んでいない、ということになる。
  • とすると、非高齢者はサポートされていない。その一端として、生活保護が受けられていない。件数は伸びているが、割合は横ばいになっている。
  • その結果として表れているのが相対的貧困率の高止まりだ。これは可処分所得が人口全体の中央値の半分に満たない人の割合で、日本は2018年に15.4%と先進国では米国や韓国などに次ぐ高い水準になっている。
改善度のデータは同じく厚生労働白書の124ページで確認できます。確かに、年齢別で見た場合に、高齢者になるほど当初所得ジニ係数(ピンク)と再分配所得ジニ係数(青)の差が大きくなっていて、この層に再分配が集中していることが見て取れます。


高齢者に再分配が集中している理由は明白で、年金を含む社会保障費の増大です。ジニ係数の改善度を税金と社会保障に分けると、社会保障による改善度は税の6倍以上に達します。つまり、棒グラフの高さをピンクから青に押し下げているのは主に社会保障費なのです。


白書でも以下のように、再分配所得ジニ係数の維持のために最も国が心血を注いでいるのは高齢者であり、その内容は社会保障(年金や医療保険など)が主な対象であることが記載されています。
  • 長期推移を見ると、当初所得のジニ係数が上昇する一方、再分配所得のジニ係数は大きく変化しておらず、改善度は上昇している。
  • 年齢階級別に見ると、高齢期において改善度が大きく、ジニ係数の改善には、高齢化に伴う年金制度の成熟化等が影響しているとみられる。
  • また、ジニ係数の改善度を税によるものと社会保障によるものとに分けると、社会保障による改善度が相対的に大きく上昇しており、公的年金をはじめとする社会保障による再分配が効いていることがわかる。
上の年代別グラフでは、59歳までは改善度が低く、60歳以上から改善度の上昇が見られました。それと完全にマッチするわけではないのですが、日本の高齢者(65歳以上)の割合はこのような推移になっています(下図)。

総務省統計局「統計からみた我が国の高齢者」より

高齢者の割合は1995年から2015年に一気に増加し、2018年まで落ち着きを見せた後、再び上昇することが予想されています。今後も再分配所得ジニ係数を一定の水準に留めておくことができるのでしょうか。

これまでわかったことは以下のとおりです。
  • 国民全体で見ると再分配所得ジニ係数は横ばい。格差は拡大していない。
  • 格差の改善は高齢者(人口比率35%)を主な対象にしている。
  • 改善度の効果は税金よりも社会保障に強く表れている。
ということは、以下の疑問が生じます。
  • 非高齢者は格差改善の主な対象となっていない?
  • 税金からの改善効果は低い=収入から得られる実感は少ない?
  • 社会保障のうち、生活保護の状況は?

誰が生活保護を受けているのか?

厚生労働白書の110ページに指摘がありますが、生活保護の受給世帯の推移(下図)は1990年代後半から高齢単独世帯を中心に増加傾向にあります。受給世帯の約半分(55%)は高齢者世帯であり、その9割以上を高齢単独世帯が占めています。


1990年に162万世帯だった高齢単独世帯総数は、2015年には593万世帯へと4倍近く増加しています。また、この数字は2040年には2015年の約1.5倍に増加すると推計されているため、高齢者世帯の生活保護の受給動向は今後も増加が見込まれます。政府がiDeCoやつみたてNISAといった制度を作り、将来への備えを推奨するのも頷ける話です。

約20年後の2040年に高齢者の仲間入りをするのは現在の団塊ジュニア世代ですが、若い頃は就職氷河期に苦しみ、不安定な雇用によって未婚率も上がり(出生率も下がり)、高齢者になれば厄介者扱いされかねない状況にあるこの世代に幸せな未来が訪れるよう、国の方向が変わっていってほしいものです。

次に、厚生労働白書の284ページで生活保護の全体状況を見てみましょう。1995年から2013年までの間に、生活保護世帯と人員、そして保護率が一気に増加しました。その後、2015年をピークにして現在まで保護率が下がり続けています。同時に、生活保護受給世帯に占める高齢者世帯が増加し、一方で非高齢者世帯の数は減少しています。


より詳しい内訳を、厚生労働白書の社会福祉・援護 資料(下図)で見てみると、この10年の傾向として、高齢者世帯とその他の世帯(失業・収入減)の割合が増加する一方で、母子世帯と傷病・障害者世帯は減少しています。増加した高齢者が基礎年金だけでは暮らせず生活保護を受給しているケースと、働ける世代だけれども失業や収入減や理由に生活保護を受けているケースが浮かび上がってきます。

令和3年版厚生労働白書 資料編 社会福祉・援護  P209

貧困はどこにあるのか

相対的貧困率(所得中央値の50%を下回る人の割合。詳しくはこちらを参照)でも、ジニ係数と同様の傾向が見られます。当初所得の相対的貧困率(ピンクの棒グラフ)が上昇する中、再配分がなされた後の可処分所得の相対的貧困率(青の棒グラフ)の上昇が抑えられています。つまりこれまた資本の再分配によって改善度を上昇させているわけです。下のグラフの左側のY軸が相対的な貧困率を表していて、2015年では当初所得では33%の国民が相対的貧困にあったことを示しています。これが、資本の再分配によって16%にまで抑えられているわけです。


年齢別で見ると(下図)、65歳以上に大きな課題があることがわかります。過去30年で貧困率が急上昇(赤い折れ線グラフが右上に向かって伸びている)しています。当初所得で見ると、2003年以降は60%が相対的貧困に陥っています。この層は所得において公的年金への依存度が高く(=他に所得が無いので、年金が無いと貧困状態になってしまう)、公的年金などによって、ピンクのグラフを青のグラフの高さまで圧縮しているのが現状です。

18歳未満の層は、基本的にその親である18歳以上65歳未満の層と連動した動きになります。どちらを見ても、改善度が上昇しているので、貧困に陥る人の率は下がっているのですが、当初所得で見た場合は右肩上がりが続いてきました。2015年には数値が改善しているので、今後の調査が待たれます。


高齢者世帯の所得の構成割合を見ると、公的年金が占める割合は6割を超えています(下図)。グラフは割愛しますが、所得のすべてが公的年金等という高齢者世帯の割合も5~6割で推移しています。政府が投資を促すのも当然の話です。相対的貧困についてはこれ以上言及しませんが、ご興味ある方はこちらの内閣府、総務省、厚生労働省による調査分析結果を読むと、辛い気持ちを分かち合えます。


さて困りました。今後も高齢者は増え続けます。このまま国は、高齢者を無尽蔵に助けていくのでしょうか。票田がそちらにある限り、政治家はその方向に動き続けるでしょうが、無い袖も振れません。茹でガエルのまま国民全体が死んでいくことは流石に無いと思うのですが、現在はまだまだ茹でられている最中だと感じます。

高額所得者への負担

ジニ係数の調整弁としての役割を大きく担っている高所得者にはどの程度の重圧がかかっているのでしょうか。所得税の移り変わりについては、日経新聞のこちらのデータがグラフィカルでわかりやすいですね。

年収1000万円超狙い撃ち こんなに違う所得税負担(2018年3月)

この記事の中で、2001年から2020年の間に、1人あたりの所得税負担額が年収700万円を境にして減税と増税に分かれていることが示されています。



負担増の中で、800万円から1200万円くらいって、高給取りな自分という意識の変化が始まってしまう人もいて、そんなに可処分所得あるわけじゃないのに、色々と「ちょっとお高いもの」を買ってしまい、あれっお金ないですよ?となる危険性を孕んでいる層なので、人によっては増税が効いたかもしれません。1000万円や1500万円以上の層でも、年間で40万円や50万円といった増税は地味に家計響きます。そして、2500万円超の人たちは一揆起こしていいと思います。(ちなみに、令和2年分の民間給与実態統計調査の23ページを見ると、各年収帯の人数と構成比が出ていますので、ご興味あればどうぞ。)

2018年にこの記事が出たタイミングでは、全体の4.9%に該当する年収1000万円以上の層が、全体の49.9%の税金を負担していることも指摘されていました。

ちなみにこの「年収1千万円以上の人たちが占める所得税の割合」は右肩上がりです。該当する年収帯の人たちの人口比率は5%前後で変わりませんが、所得税に占める負担割合はこの20年で41%から53%まで上がっています。

1999年:5.6%が41.3%を負担
2014年:4.1%が49.1%を負担
2020年:5.4%が52.9%を負担

以上により、年収700万円未満の人が「この20年で税金も上がったし格差も広がっていて苦しい」と言っていたら、それは誤りです。後述しますが、「収入が上がっていないために、世の中の進歩的な部分についていくお金が無くて辛い」が正しいと思われます。

世界の中での日本

格差が「広がっていない」ことはわかりました。ですが、現在の格差自体がすでに大きいものである可能性についてはどうでしょうか。「広がってはいないかもしれないが、でもすでに格差は大きいんだ」という主張です。格差の大きさを主観、客観の両方から見てみましょう。主観についてはその国の国民が格差についてどう思っているのか、客観については他の国との比較(誰が見ても格差ありすぎ/なさすぎという状態があるとしたら、それとの比較)の両方を行ってみましょう。

ありがたいことに、OECD(経済協力開発機構)が加盟国のジニ係数を比較しています。数値は2020年のものか、それが無い場合はそれ以前で最新の数字を使っているそうです。赤が日本です。OECD平均よりはわずかに高い数値を示しています。

Income Inequality

私はあまり、他の国との比較だけで何かを結論付けるべきとは思っておらず、自国民がどのような主観を抱いていて、客観的な事実とその主観との間にどの程度乖離があるかを明確にしたうえで、その乖離を埋めていくことに重きをおくべきと考えています。なので、上のグラフを見て、日本のジニ係数は北欧の国々よりも高いから問題だ、などと言うつもりはありません。

自分たちが置かれた状況をどう捉えるかは国によって異なります。例えば、上のチャートでハンガリーを探すと日本よりも左側(ジニ係数0.29)に見つけることができます。OECD諸国の中でも格差が小さい方に分類できますね。

ところが、自国内の収入格差に対する不満を見ると、ハンガリーが1位だったりします(下のグラフの最下部)。不満を持つ人の合計は93%で、もうほぼ全員が不満を抱えている状況です。一方、同じ質問に対して日本は73%が不満と回答。不満のレベルは平均以下です。他国より格差が小さいのに国内の不満が高まっているのがハンガリーで、他国より格差がわずかに大きいのに国内の不満は他国より低いのが日本です。当初所得ジニ係数では格差が拡がっていたことを考えると、日本政府は国内の不満を抑え込むことに成功しているように見えます。

格差に対する日本人の意識の変遷についても、OECDはレポートをまとめています(英語日本語)。


「所得格差への懸念が高まっている」と見出しが付いていますが、ちょっとこの見出しは誤りではないでしょうか。格差が大きすぎるかどうかについて「とてもそう思う」人の割合(オレンジの実線)は、いったん世界経済危機(2008年のリーマンショックのことでしょうね)時には微増したものの、90年代末に比べて下がっています。「そう思う」と答えた人(オレンジの点線)は90年代末に比べればわずかに上昇していますが、これもリーマン以降は下落していますし、「とてもそう思う」と「そう思う」の両者を合算した数値も下がっているはずです。

「このような所得格差を是正するのは政府の責任だ」という質問(下図)では、政府の責任だと回答した日本人の割合は、OECD 諸国との比較で見るとかなり低い方(左端のOECD32カ国平均を除いて、左から4番目)に位置しています。

Does Inequality Matter? Chapter 3.1

この姿勢については、国内における所得の再分配との関連性が考えられます。下の図で、X軸には格差が大きすぎると回答した人の割合、Y軸には所得格差を是正するのは政府の責任と回答した人の割合が示されています。日本はどちらの軸でも平均より下の位置にいて、格差が開きすぎだと感じている人の割合はOECD32カ国平均より10%近く低く、政府の責任だと考えている人の割合は全体で4番目に低いことがわかります。冒頭で紹介した、政府による強力な再分配が奏功していると考えてよいのではないでしょうか。

日本人を寛容たらしめるものは何か

他国平均よりも不満や、政府に求める他責の度合いが低いことを寛容さと呼ぶとすると、その理由として、OECDのレポートでは日本人の人生観が紹介されています。独立行政法人の労働政策研究・研修機構が同じレポートの図を日本語化しているので、そちらから引用します。

基本的な思考様式として、日本の場合は自身の勤勉さを成功要因として考える傾向が強く見られます。この傾向は今も変わらないのですが、2009年から2019年の10年間でそう考える人の割合が絶対値で5%以上減り、代わりに親のステータスを重要と考える人たちの割合が増えています。最近言われる親ガチャ的な文脈がここに表れています。勤勉さが成功の主要因と考えられている間は、各人が努力によって(格差を乗り越えたと感じて)成功しうる環境が社会に存在していることを意味します。一方、親のステータスが成功要因として考えられる度合いが高まると、生まれつきの格差は乗り越えられない/乗り越えにくいと感じている人たちが増えていることになります。上のグラフでは、そのように考えている人たちが2019年では40%近くにも達しています。

では、国民の意見として、誰がそのような格差の是正に尽力すべきとされているのでしょうか?OECD13カ国の平均と比べると、政府の責任を問う意見は小さく、高額所得者の税負担強化を求める声がより大きくなる傾向が見られます。先に見たように、日本はこの20年で年収700万円以下の人たちに減税を行い、2020年には全体の5.4%に過ぎない年収1000万円以上の高所得者が52.9%の税金を負担しているわけですが、そのことは正しく理解されていないようです。

労働分配率をめぐって

格差是正の責任を政府に求める声が他国より少ないことがわかりましたが、民間企業はどうなのでしょうか。企業が新たに生み出した価値のうち、どれだけ人件費に分配されたかを示す指標である労働分配率を見てみましょう。

労働分配率が高いからといって、それがそのまま格差に繋がるわけではないのですが、以下のような状況が満たされると、労働分配率の低さが格差につながってしまいます。日本総研がまとめた「労働分配率の低下をどうみるか」の内容からまとめます。
  • GAFAのような「スーパースター企業」が台頭し、市場シェアを寡占する。
  • 既存企業はシェアを奪われて収益が低迷し、従業員の賃金も伸び悩む。
  • 賃金伸び悩みにより消費が減退すると、企業の生産性も低迷する。
  • 賃金低迷は転職行動も抑制。産業構造の転換が遅れて生産性がさらに低迷する。
  • スーパースター企業の従業員との間に格差が生まれる。
スーパースター企業の労働分配率は一般的に低いのですが、これは従業員軽視ではなく技術革新を背景にした高利益体質であることが理由です。残念ながら、日本からはこのようなスーパースター企業(この表現は、MITのDavid Autor教授らによる The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms の中で提唱されています)からの影響はあまり見られなさそうです。なので、労働分配率が格差につながる上記のような流れは、日本においては心配する必要は(悲しいことですが)ありません。

日本の労働分配率は、中長期で見ると下落トレンドにあるのですが、これは90年代後半から賃金上昇が抑制されてしまったことが主要因とされています。内閣府から出ている令和2年度の国民経済計算年次推計では、直近の数値が改善しているのですが(下図)、期待に胸を躍らせながら、経済産業省の企業活動基本調査(2019年度実績)の概要を読むと、「付加価値額の減少率が給与総額の減少率を上回ったことにより労働分配率は上昇」と記載があり、大変に切ない気持ちになります。企業が新しい価値を生み出せている場合、従業員への給与が減ると労働分配率は下がります。ところが現在の日本は、多少給与が減ったとしても、そもそも新しい価値を生み出せていないので、労働分配率が下がらないどころか、むしろ上がっているのです。

誤認の根源は賃金の停滞

先程の日本総研のレポートは、日本における労働分配率の改善について以下の3要素が必要だと提言しています。
  1. 生産性・業績の向上がある限り、賃金は上昇するものだという常識を取り戻すこと
  2. 雇用調整は遅いが賃金調整を柔軟に行うという日本式の労使関係にメスを入れること
  3. デジタル変革への対応の遅れを取り戻すこと
賃金が上昇していないこと。これこそが、人々に格差の広がりを信じ込ませてしまっているのだと思います。下記の全労連の資料では、1997年の実質賃金を100とした場合に、2016年には日本のみ下降を続け、他のOECD加盟国とは異なるトレンドで動いていることがわかります。

自分たちの賃金は上がらない。立場も非正規雇用なら不安定。減税なんて実感は得られない。デフレで物価はほぼ上がらないので暮らしていけるが、給与も上がらないから貯金もできず、将来への不安は拭えない。投資なんて損をしたらどうするんだ。SNSを見れば、自分たちには手が届かない世界を(進んだ教育、良い暮らし)謳歌している人たちが目につく。これは格差だという帰結に達するのは、さほど難しいこととは思えません。

識者は何と言っているか

専門家の意見も見てみましょう。NRI(野村総合研究所)のエグゼクティブ・エコノミストの木内 登英氏は「分配政策よりも経済のパイを拡大させる成長戦略が優先課題」の中で、以下のように述べています。
  • 所得格差縮小のための新たな施策が、現在、経済政策上の最優先課題であるようには思えない。
  • 格差問題は印象に流されることなく事実に基づいて慎重に議論されるべきだ。国民の多くが経済の閉塞感を感じる際に、その原因が格差の拡大、つまり自分以外の誰かが不当に自分の所得を奪っているとの議論は、支持されやすい
  • 政府が経済政策の最優先課題とすべきなのは、格差問題への対応ではなく経済の潜在力を高める成長戦略。
第一生命研究所の経済調査部 首席エコノミストの永濱 利廣氏も「所得格差に関する誤解」の中で、以下のように述べています。
  • 格差の拡大は定性的な判断であることが多く、所得の不平等さを測る指標はジニ係数によって算出されることからすれば、格差が実際に拡大してきたかどうかは、実際のジニ係数によって評価すべき
  • 再分配後の格差を判断するには「再分配所得ジニ係数」がより重要。税・社会保険料、現金給付、医療・介護や保育などの現物給付を合わせた所得再分配の状況を反映したほうがより現実に近い。実際、再分配所得ジニ係数は2000年代後半以降低下トレンドに転じている
  • そして、ジニ係数の改善度を税と社会保障に分けると、社会保障による改善度が相対的に大きく上昇していることからすれば、公的年金をはじめとする社会保障による再分配が効いており、当初所得ジニ係数の動きのみで判断すると、格差が拡大しているとミスリードしてしまうことになる。

日本の状態は

今年1月の日経新聞の記事は、日本の現状を明確に示しています。


【読み取れること】
  • 経済・社会の主要指標は他の先進国に劣後
  • GDPは小幅に伸びているが賃金は横ばい。
  • 失業率は高くないが生産性は低く、所得格差も小さい。
  • 教育にも投資せず、男女の平等も他国に劣後し、国民の幸福感も薄い。
  • 治安は良く、腐敗も顕著ではなく、健康寿命だけは圧倒的に優勢
かつての日本の成長の原動力となった高齢者が、今は完全に国の足を引っ張る存在となっている様子が、ここからも窺えます。

ジニ係数の課題

ジニ係数で1つ注意したいのは、ジニ係数と幸福度の因果関係です。以下の図は日本経済新聞の別の記事からのものですが、ジニ係数の低い国(所得格差の小さい国)の方が幸福度が高いというストーリーに見えます。ジニ係数の小さな国で、より高い幸福度が観察されたことは事実ですが、ジニ係数が低いから常に幸福度が高くなるとは限りません。

社会の中で誰もが将来に明るい見通しが立てられる生活ができれば、たとえ格差が大きかったとしても、幸福度も必然的に高くなるはずです。例えば、今と物価が同水準だとして、年収400万円台の人たちが無理なく年収2000万円を、年収200万円台の人たちでも年収1000万円を目指せる社会が仮にあれば、100億円以上持っている超お金持ちがゴロゴロいたとしても、全体の幸福度は今よりも高くなると思います。この場合、金額面での格差は大きいので、ジニ係数はより大きな値(1に近づく)になります。

一方、格差の小ささを全員が貧しくなることで達成している社会では、ジニ係数は小さくなります。係数としては良好でも、年収200万円から400万円の中に多くの極限人を押し込めて、高額所得者からは容赦なく税金を奪い取りながら、社会保障への負担をまで増加させていくような社会は幸せでしょうか。極端な言い方をしましたが、これまでの日本はそういう方向に舵を取ってきたように思えます。

国はどうすべきか

高齢者へのサポート水準の見直しは急務でしょう。一度に劇的に落とさないまでも、医療保険に占める自己負担比率の増加などは段階的に行われていくでしょう。年金も無くならないものの、受給年齢のさらなる後ろ倒しや、受給額の見直しが必要になるかもしれません。高所得者から絞り上げるのにも限界はあります。労働人口の減少と共に高所得者の数も減っていくのです。団塊ジュニア世代が高齢者になった後も、再配分による是正を現在の水準で続けることはできないのではないでしょうか。

それもあって国は、これから現在の非高齢者に対して自分で老後資金を積み上げるようしきりに奨励しています。iDeCoや(つみたて)NISAが出てきた背景には、このような社会体制の維持の難しさがあるはずです。

高齢者への資本の再分配を今後も継続したければ、高齢者となった団塊ジュニア世代(数が多い)からも税収を確保する必要があります。ただ、もう働かない人たちから所得税は取れません。だったら、投資を促し続けた後で金融資産への課税を強化すればよいのです。老後も資本の再分配に貢献する世代が登場するわけです。さすがに、iDeCoやNISAへの課税は行わないと思いますが。

労働環境の流動性確保のために、正社員の解雇を容易にすることも必要ですが、非正規雇用者の正社員化の条件整備や、同一労働同一賃金の議論、ジョブ型雇用の環境整備などと同軸で進めないと、経営側の理になる側面の強いリストラが横行することになってしまいます。

高齢者にかけるお金を減らすだけでは不十分で、子育て支援や教育環境の充実、研究職の環境整備に使っていかないと、内需が小さくなる一方の日本では、国際的に活躍できる人材の輩出がますます難しくなってしまいます。新規事業を始めるリスクを取らずに、既存ビジネスを先鋭化させることに特化した日本の企業文化を、リスクを取って新事業を生み出していくことで評価されるグローバル企業の文化に変えていくことも、労働分配率の向上には重要でしょう。

高齢者への資本の再分配を一気に無くしてしまうと、金銭的な備えが無い人は、従来なら死なずに済んだ病気や怪我で命を落とすかもしれません。一方、再分配を削減しきれなった場合には、現在の非高齢者である私達が高齢者となった時に、若い層の不満が爆発するかもしれません。姥捨て山万歳!『デンデラ』でも観て震えて学べ!などという機運が高まったら、これまたとても生きにくい世の中です。そういえば爺捨て山が無いのはなぜでしょうか。

それでも日本で生きるなら

日本で生きるのであれば、下の世代にかける負担を少しでも軽くしたいと私は強く思います。高齢者になる前から投資を行い、高齢者になってからの所得に占める公的年金の割合を減らしたいものです。年金が無くなることは無いと思いますが、受給タイミングの後ろ倒しや、金額の低下はあり得ると思います。また、心身の健康維持や、良好な地縁関係の構築なども課題となってくるでしょう。

高齢者への風当たりが強くなることを見越して、海外への移住を考える方も出てくるかもしれません。見知らぬ土地にいきなり住むのは厳しいものです。下見を兼ねて滞在し、土地勘を少しでも持っておく方が良いでしょう。短期の滞在や旅行と、実際に住むのは全く異なりますが、土地勘が無い場所にいきなり住むハードルは高いので、少しでも低くしておきたいものです。また、その国の社会がどのような段階にあり、老人である自分(しかも外国人)を受け入れる土壌があるかどうかはよく調べておく必要があるでしょう。

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